2026年 8月 14日
【第2回】今まで誰も語ってこなかった、
1990年代のリアルな大阪ファッションシーン

ぼくは1974年に大阪の天神橋で生まれました。ファッション的にいうと、まさに渋カジ世代ですよね。当然ぼくも古着とラルフ・ローレンにハマりましたが、一方で昔のアルマーニやヴェルサーチの世界も残っていたり、ドルチェ&ガッバーナが登場してきたりと、いろんなファッションカルチャーがごちゃ混ぜの時代でした。
ぼく自身もものすごい雑食で、高校生の頃からルイ・ヴィトンのバッグを持って学校に通っていました。あの頃の自分には「アホちゃう?」と言ってやりたいです(笑)。
メンズファッションにおける90年代の大阪ってちょっと特殊な環境で、イタリアものの並行輸入屋さんが異常に多い反面、レプリカジーンズカルチャーが生まれた都市でもあるし、アイビーも根強いという不思議な傾向がありました。ぼくが大学生になったくらいにあのエヴィスジーンズが創業したんですが、いっときは顧客でしたよ。
「オールドハンプシャーボンド」というセレクトショップではエビスジーンズとアイビーを並べて販売していましたし、「クラフテッドウィズプライド」というデニムのお店では、実際に働いたこともあります。そこにはウエアハウスを創業した塩谷くんも働いていて、エヴィスジーンズが大ブレイクする様子を目の当たりにしました。
当時のぼくは完全にエヴィスジーンズの創業者である山根英彦さんに影響されていて、丈を短くしたジーンズにローファーやボタンダウンシャツを合わせて、その上に革ジャンの「A-2」を羽織ったりしてました。ここに載せているのは、まさにそんな大学生時代の写真です。
山根さんは曽根崎にあった「コバヤシ靴店」というお店のオーダー靴をよく履いていましたが、ぼくはやっぱりインポートが好きだから、ジェイエムウエストンやエドワードグリーンみたいな老舗ブランドだったかな。たぶんそれが、テーラードや革靴の世界に興味をもつきっかけだったと思います。今でも山根さんのスタイルは、変わらず格好いいですよね。
現代に語り継がれているファッションの歴史って、どうしても東京のシーンが中心になっているんですが、それってぼくにとってはかなり違和感があるんです。あの頃の大阪には、東京とは全く違ったファッションカルチャーが広がっていました。
note | 神藤光太郎のクラシコイタリア秘史
30年近くに及ぶキャリアの中で得たものづくりに関する知見や、国内外のつくり手たちとのネットワークを駆使して産み出した、リアリティとハイクオリティの極致を、noteでお話していこうと思ってます。ぜひご覧ください。
