【第3回】あのときキートンのジャケットと出会っていなかったら、
ぼくは海の底に沈んでいたかもしれない

子供の頃からいろんなファッション雑誌を読み漁ってきましたが、ぼくがちょうど関西大学に合格して大学生になった頃(1993年)に創刊したのが、『MEN’S EX』です。クラシコイタリアという概念をいち早く日本に紹介したこの雑誌では、服飾評論家の落合正勝さんがナポリの超高級ファクトリーブランドであるキートンのスーツを紹介していたのですが、あの頃はまだ全く知られていませんでした。大阪で一軒だけ扱っているお店があったのですが、それがのちにぼくが入社することになる、創業したばかり(1990年創業)の「ストラスブルゴ」だったのです。

今でこそクラシコイタリアのイメージが強い「ストラスブルゴ」ですが、当時はキートンやシルバノ・ラッタンツィみたいなイタリアブランドだけではなく、ティモシー・エベレストやオズワルド・ボーテングみたいなネオブリティッシュ系ブランドも扱っていて、今より多少雑多な品揃えだったと思います。

あの頃店頭に並んでいたキートンは、並行輸入というか、多分現地の小売店で買ったものをそのまま並べていたのだと思いますが(日本円が最強だった時代ならではのビジネスですね)、ぼくはとにかくその世界に夢中になってしまった。

実は高校のクラスメイトには、のちに一緒に働き、その後「ロゼスト」というショップを立ち上げる五十嵐太一くんもいたのですが、「ストラスブルゴ」には彼といっしょに通っていました。そうこうするうちに、もともと海外志向が強かったぼくは、これはもうイタリアに行くしかないと思い留学を決意したんです。

もしあのときキートンのジャケットに出会わなかったら、たぶんぼくはアメリカに行っていたと思います。アメリカだったらきっと不動産か金融の仕事を選んでいたでしょうから、ぼくの性格からすると、今頃海の底に沈んでいるかもしれませんね(笑)。


note | 神藤光太郎のクラシコイタリア秘史

30年近くに及ぶキャリアの中で得たものづくりに関する知見や、国内外のつくり手たちとのネットワークを駆使して産み出した、リアリティとハイクオリティの極致を、noteでお話していこうと思ってます。ぜひご覧ください。

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