【第13回】ボリオリがマーケットから抜けた穴を埋めたのがラルディーニというブランドだった

【第13回】ボリオリがマーケットから抜けた穴を埋めたのがラルディーニというブランドだった

ボリオリがトップブランドの地位を確固たるものにしていた2000年代後半は、今から考えればかわいいものですが、ちょうどユーロ高の時代。ぼくが担当していたサルトリア・パルテノペアやオラツィオ・ルチアーノというブランドの値段があがっていき、少しずつマーケットプライスからズレていました。そこで...

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【第12回】年間1000着売れればいいと思っていたラルディーニが、クラシコイタリア史上最大の人気ブランドになるまで

【第12回】年間1000着売れればいいと思っていたラルディーニが、クラシコイタリア史上最大の人気ブランドになるまで

日本のセレクトショップに並んでいるインポートブランドの商品は、たいていぼくたちのような「輸入代理店」を通じてバイイングされたものです。海外のメーカーと契約を結んで、彼らにかわって日本市場での営業や販売、マーケティングなどを担当する業態なのですが、その施策によってブランドのイメージやセール...

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【第11回】芯なし、洗い、そしてボリオリ。クラシコイタリアの邪道が王道に変わるまで

【第11回】芯なし、洗い、そしてボリオリ。クラシコイタリアの邪道が王道に変わるまで

ぼくが本格的に上京したのは1999年のことでした。忙しさと比例して、クラシコイタリアのマーケットは急成長。東京での仕事が増えすぎて、通うのが限界になってしまいました。1990年代後半から2000年代前半の日本は、ファッションや食事などの分野で、イタリアンカルチャーが徐々に浸透、成熟していっ...

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【第10回】〝怪しいMade in ITALY〟に騙されるな!

【第10回】〝怪しいMade in ITALY〟に騙されるな!

最近、ニュースなどでよく話題になるのが、Made in ITALYを謳いつつも実際は中国や東欧で縫っていたり、もしくは外国人しかいない工場で縫われている・・・みたいな、ファッションの産地偽装問題です。長年イタリアのファッションに携わっている人間からすると、その問題は確かにあるんです。フィレ...

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【第9回】セレクトショップ業界にコンプライアンスという言葉が存在しなかった時代

【第9回】セレクトショップ業界にコンプライアンスという言葉が存在しなかった時代

というわけでクラシコイタリアの全盛期だと思われている1990年代後半は、ぼくたちにとってはいわば黎明期でした。それらを売るセレクトショップの皆さんにとっても、ぼくたちのようなエージェントが扱う商材は、未知なる存在だったと思います。そこにもたくさんのドラマがありましたが、やはり当時は〝ガンガン...

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【第8回】クラシコイタリアの〝全盛期〟はぼくたちにとっては〝黎明期〟だった

【第8回】クラシコイタリアの〝全盛期〟はぼくたちにとっては〝黎明期〟だった

当時のぼくは〝知らぬが仏〟じゃないですけど、どんなにキツイ仕事でもこんなもんやろって自分に言い聞かせながらやっていました。もともと気が強いタイプだったし、若いからといって周囲から舐められることもなかったと思います。あの頃の日本でイタリア語を話せる同業者はほとんどいませんでしたし、現地では一目...

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【第7回】E-mailが存在しない90年代、ナポリ相手のビジネスは地獄だった

【第7回】E-mailが存在しない90年代、ナポリ相手のビジネスは地獄だった

20代なかばで起業した私は、田島淳滋さんのすすめで自宅の一室を事務所にして、シャツメーカー「バルバ」、スーツメーカー「サルトリア・パルテノペア」と「ラ ヴェラ サルトリア ナポレターナ」、トラウザースメーカー「マルコ・ペスカローロ」という4社のエージェントを務めました。いずれもナポリの会社で...

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【第6回】大阪市営地下鉄で壁を磨いていたぼくが、<br>バルバのエージェントになった理由

【第6回】大阪市営地下鉄で壁を磨いていたぼくが、
バルバのエージェントになった理由

そんなこんなで、とにかく楽しいイタリア留学生活を過ごしていたぼく。このままイタリアに残って仕事をするという選択肢もあったんですが、現地で出会った観光客のおばちゃんに「とりあえず大学だけは出ておき」と諭されたこともあり(笑)、とりあえず卒業だけはすることに決めました。帰国して一番最初に...

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【第5回】キートンとバルバは親戚だった!?<br>1990年代のファッションバイヤーは、〝わからない〟モノこそ買っていた。

【第5回】キートンとバルバは親戚だった!?
1990年代のファッションバイヤーは、〝わからない〟モノこそ買っていた。

あの頃のフィレンツェにはまだ個人経営のセレクトショップがたくさん残っていましたが、今では「プリンチペ」くらいでしょうか。寂しいですよね。今でもよく覚えているのは「エルマンノ・ダエリ」というショップです。デニムとジャケットにアスペジのダイヤキルトのダウンとか、カスカスに色の抜けたバブアー...

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【第4回】日本人留学生がリヴェラーノ&リヴェラーノのスーツを12万円で買っていた1990年代という時代

【第4回】日本人留学生がリヴェラーノ&リヴェラーノのスーツを12万円で買っていた1990年代という時代

大学3年生になると学校に行かずにアルバイト漬けの日々を送り、留学資金を貯金しました。そして大学4年の年に休学して、結果として2年のイタリア生活が始まります。なぜフィレンツェを選んだのかって? それは洋服はカッコいいし、ご飯も美味しそうだし、女の子もかわいいし、というしょうもない理由です...

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【第3回】あのときキートンのジャケットと出会っていなかったら、<br>ぼくは海の底に沈んでいたかもしれない

【第3回】あのときキートンのジャケットと出会っていなかったら、
ぼくは海の底に沈んでいたかもしれない

子供の頃からいろんなファッション雑誌を読み漁ってきましたが、ぼくがちょうど関西大学に合格して大学生になった頃(1993年)に創刊したのが、『MEN’S EX』です。クラシコイタリアという概念をいち早く日本に紹介したこの雑誌では、服飾評論家の落合正勝さんがナポリの超高級ファクトリーブランド...

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【第2回】今まで誰も語ってこなかった、<br>1990年代のリアルな大阪ファッションシーン

【第2回】今まで誰も語ってこなかった、
1990年代のリアルな大阪ファッションシーン

ぼくは1974年に大阪の天神橋で生まれました。ファッション的にいうと、まさに渋カジ世代ですよね。当然ぼくも古着とラルフ・ローレンにハマりましたが、一方で昔のアルマーニやヴェルサーチの世界も残っていたり、ドルチェ&ガッバーナが登場してきたりと、いろんなファッションカルチャーがごちゃ混ぜの時代...

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