【第7回】E-mailが存在しない90年代、ナポリ相手のビジネスは地獄だった

20代なかばで起業した私は、田島淳滋さんのすすめで自宅の一室を事務所にして、シャツメーカー「バルバ」、スーツメーカー「サルトリア・パルテノペア」と「ラ ヴェラ サルトリア ナポレターナ」、トラウザースメーカー「マルコ・ペスカローロ」という4社のエージェントを務めました。いずれもナポリの会社です。

キートンを創業したチロ・パオーネさんは、バルバの創業者アントニオ・バルバさんの妹と結婚しており、親戚関係にあります。アントニオさんはもともとパジャマ工場の経営者でしたが、息子のラファエッレとマリオは叔父にあたるチロさんの影響を受けたことで高級シャツメーカーに業態転換し、バルバを創業しました。現在キートンのCEOを務めるアントニオ・デ・マッテイスさんの妹はマルコ・ペスカローロさんに嫁いでいます。サルトリア・パルテノペアはキートンとは血縁関係はありませんが、友好関係にありました。ラ ヴェラ サルトリア ナポレターナを創業したオラツィオ・ルチアーノさんも、もともとはキートンで働いていた人物。つまり、これらの会社はキートンを中心としたファミリーのような関係だったのです。

1990年代後半の日本では、クラシコイタリアブームに沸き、英国寄りで洗練された北イタリアのスタイルよりも、手仕事の味わいを感じられるナポリのスタイルが人気でした。


仕立ての柔らかさや着心地のよさもさることながら、ハンドステッチや「雨降らし袖」みたいなナポリ服特有のディテールは、まだイタリアの服になじみの薄い日本人にとってはわかりやすいキーワードにもなったし、セールストークもしやすかったんでしょうね。あと、価格もナポリのほうが圧倒的に安かったです。確か当時、バルバのシャツが1万5000円くらい、サルトリア・パルテノペアのスーツは10万円くらいで買えました。キートンより少し安い価格でナポリの手仕事が味わえることが売りだったサルトリア・パルテノペアは、倒産してしまいもはや存在しません。



当時の日本市場で人気だったイタリアブランドというと、イザイア、ベルベスト、ギ・ローバー、ルイジ・ボレッリ、オリアン、バルバ、フライ、インコテックス・・・くらいのものでしょうか。まだニットブランドはジョン・スメドレーなどの英国ものが中心で、イタリアのメーカーはほとんど知られていませんでした。

ぼくはこのビジネスの仕組みを、全部田島さんに教わりました。といっても「請求書とオーダーシートはこう書いて、あとは頑張って売れ!」みたいなノリでしたが(笑)。しかしまだSNSどころかe-mailも未発達な状況の中、ナポリの3社と仕事を始めたぼくは、さっそくその洗礼を浴びることになります。何度電話しても繋がらない。繋がっても居留守は当たり前。もう納期なんて、そば屋の出前状況です。いつ電話しても「今出ました」みたいな(笑)。なのでぼくもFAXを送るときはヘッダーをきっちりつくって電話をして「今から何枚送るからすぐ確認して!」という感じで、確認に確認を重ねて仕事をしていました。

それでも日本に届いたらサイズが違うとか、左右で袖の長さが違うとか、洗ったらサイズが変わってどうにもならないとか・・・もう地獄です。それでもナポリ人は楽天的で「なんとかなるやろ」みたいな調子だから、こっちも頭に来るんですよね。今だから言えることですが、あの頃最も苦しめられたブランドはバルバです(笑)。システムが整う前にビジネスが広がってしまったので、向こうも混乱していたんでしょうね。あと、ナポリ人ではありませんが、hLamというブランドで活躍していたデザイナーのピエランジェロ・ダゴスティンさんにも、クルチアーニやバルビジオとの仕事を通じて大変な思いをさせられたなあ。彼は業界ではかなりの要注意人物として知られていました。まあ、今となってはどれも笑い話ですが。

当時はまだ今ほど検品が厳しくなかったし、いちいち製品に日本語の洗濯表示タグを付ける必要もありませんでした。お客さんがイタリア製品を見る目も優しくて「イタ車は壊れるからね〜」とか「イタリアのボタンは取れるからね〜」で済む時代(笑)。ぼくがたったひとりで会社を運営できたのも、そのおかげです。実は一度「ネクタイから針が出てきた」という大変な検品ミスをショップから指摘され、慌てて菓子折りを持って謝りに行ったのですが、そのお店の伝説的なバイヤーさんは「イタリア製だからそんなの当たり前だよ。俺なんて腹に針が刺さったことだってあるからさ」と笑って許してくださいました。

もちろん、これは笑い話にしちゃ絶対ダメなんですよ! ぼくは人気ブランドを扱っていても、そうしたトラブルでダメになった会社をたくさん見てきましたから。


note | 神藤光太郎のクラシコイタリア秘史

30年近くに及ぶキャリアの中で得たものづくりに関する知見や、国内外のつくり手たちとのネットワークを駆使して産み出した、リアリティとハイクオリティの極致を、noteでお話していこうと思ってます。ぜひご覧ください。

https://note.com/kotaro5